中国ブラ歩き その11
中国ブラ歩き 今回は瀋陽編をお送りします。
瀋陽は中国東北地方の中心都市で、日本が満州を統治していた時には奉天という名前の町でした。音楽の関係では小澤征爾の生まれた町として有名です。
瀋陽には清寧宮(せいねいぐう)あるいは瀋陽故宮という後金時代の皇居が残っており、今回はここを紹介します。建築様式は漢民族、満州民族、蒙古民族の様式が渾然一体に融合しており、規模は、北京の故宮の12分の1とこじんまりしているということですが、それでも私には非常に広大な皇居に見えます。
1625年に建てられた後金の2人の皇帝・ヌルハチとホンタイジの皇居で、後金から清に変わって北京が都になった後には引き続き離宮として使われました。
ではまず入ってみましょう。
広い前庭の先に大政殿が見えます。こういう無駄とも思える広さを有するところが中国的ですね。

近づいてみましょう。龍がとぐろを巻いて出迎えてくれます。

変わった狛犬がいます。

次は鳳凰楼

そして、崇政殿

ここは、1626年に造営が開始され、1635年に完成した宮殿で、ホンタイジが政務を執った所。
その玉座を見てみましょう。

2004年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されてます。ぜひ一度訪れてみてください。
最後に瀋陽の町で見かけた建物。

ここは中国の東北地方ではポピュラーな二人轉の劇場です。二人轉(er ren zhuan)とは、東北地方の伝統の漫才のようなもの。でだいたい男性一人、女性一人の2人ペアで行なわれ、かけあいのしゃべり、歌、マジックなどいろいろあって言葉が分からなくても楽しめます。一度トライしてみては。
ということで、瀋陽編はおしまいです。
Tp. 福森

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瀋陽は中国東北地方の中心都市で、日本が満州を統治していた時には奉天という名前の町でした。音楽の関係では小澤征爾の生まれた町として有名です。
瀋陽には清寧宮(せいねいぐう)あるいは瀋陽故宮という後金時代の皇居が残っており、今回はここを紹介します。建築様式は漢民族、満州民族、蒙古民族の様式が渾然一体に融合しており、規模は、北京の故宮の12分の1とこじんまりしているということですが、それでも私には非常に広大な皇居に見えます。
1625年に建てられた後金の2人の皇帝・ヌルハチとホンタイジの皇居で、後金から清に変わって北京が都になった後には引き続き離宮として使われました。
ではまず入ってみましょう。
広い前庭の先に大政殿が見えます。こういう無駄とも思える広さを有するところが中国的ですね。

近づいてみましょう。龍がとぐろを巻いて出迎えてくれます。

変わった狛犬がいます。

次は鳳凰楼

そして、崇政殿

ここは、1626年に造営が開始され、1635年に完成した宮殿で、ホンタイジが政務を執った所。
その玉座を見てみましょう。

2004年にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されてます。ぜひ一度訪れてみてください。
最後に瀋陽の町で見かけた建物。

ここは中国の東北地方ではポピュラーな二人轉の劇場です。二人轉(er ren zhuan)とは、東北地方の伝統の漫才のようなもの。でだいたい男性一人、女性一人の2人ペアで行なわれ、かけあいのしゃべり、歌、マジックなどいろいろあって言葉が分からなくても楽しめます。一度トライしてみては。
ということで、瀋陽編はおしまいです。
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